名古屋城は、知っていますか?

名古屋城が何で造られたのか?

名古屋城のしゃちほこはなんでのっているのか?

などなど、名古屋城の不思議を知って、名古屋城に行ってみてください。

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名古屋城は誰が何の為に造ったのでしょうか?

戦国大名の中で有名人でもある『徳川家康』

1600年の関ヶ原の合戦に勝利した家康は、その3年後 将軍となり 江戸幕府を開き殿下を支柱におさえました。

名古屋城の築城は、それから9年後の1612年・・・

なぜ、天下人となった後に造る必要があったのでしょう???

当時、大阪と江戸はうまくいっていなかった・・・

徳川家康が江戸幕府を開いた後も、大きな力を持っていた大阪の豊臣勢(大阪城の豊臣秀頼と背後に控える西国大名)をおさえたいと思い、名古屋城を大阪攻めの司令部としてにらみを利かせる為に名古屋城を作りました。

築城当時、天守閣は江戸城の次に高く全国で2番目、その後に大阪城、姫路城と続きました。

家康は、東の要を名古屋城 西の要を姫路城とし巨大な城で大阪城を囲みました。

北国・西国大名 20人に力を持たせないようにするために、堀と石垣を造らせて、財力と労力を奪いました。

この2つのの理由から、名古屋城は全国屈指の巨大城となったのです。

名古屋城の最上階の展望台

西側(大阪側)

現代は、ウエスティー名古屋キャッスルのある西側で、その奥には濃尾平野が一望できます。

当時なら、大群が攻めてきても一目でわかります。

天守閣は西から敵が来ることを想定し西側が立派に作られているんです。大阪方が来たら、名古屋城が立派なのでビックリすると言う事です。

金のしゃちほこも、西から見るともっとも輝くよううに計算されているとも言われています。

名古屋城の5階

天守閣内では、名古屋城の歴史や当時の暮らしが学べる。

実物大の金のしゃちほこのレプリカもあります。

名古屋城になんで金のしゃちほこがのっているのでしょう?

シャチは、水を呼ぶ神様と言われていて、屋根の上に水の神様をのせることで火除けの守り神とされていました。

でも、なぜ金色で、それが全国に広くしられているのでしょうか???

大阪城も金のしゃちほこは持っていたのですが、大阪城の場合は金箔なんです。

名古屋城は、金の延べ板なんです!!

そうです。大阪城が金箔なら、名古屋城は金を厚くして、威圧の意味もあり、大阪方に対して家康の方が金持ちだと財力を誇示するために造ったのです。

このしゃちほこは1対で215kgもの純金を使ったと伝えられています。現在のお金に換算すると50億円です!!

>名古屋城が名城に数えられているのはどうして?

名城とされる理由の一つに、城造の名手『加藤清正』が築いた天守閣の石垣があります。扇のこう配と言われる曲線を描く石角で特に4隅に注目です。

算木積みと言って、直方体の石の長い方の辺が石垣の角の両面に交互に出るようにした積み方で、強度が増すように積まれています。

名古屋所の天守閣の延べ床面積は日本一!!

それだけ巨大な天守閣を建てられたのも基礎である石垣が頑丈であったからこそなんですよ!

名古屋城にある本丸御殿

本丸御殿とは?

尾張徳川家の初代藩主家直の住居と、政治をやる場所として建てられた建物です。

本丸御殿の玄関である杉の間は、ふすまには邪気を払うと言われる虎が描かれており、その横には豹も描かれています。

江戸時代は、豹は虎の雌だと考えられていたのです。なので、当時はオスとメスが描かれていると思われていたのです。

昔は面白いですよね。

まとめ

色んなお城のある中で、名古屋城をピックアップしてみましたがどうでしたか?

昔の人たちは色んな意味を込めて造っているのですよね。

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他にも色んな発見があると思いますので、名古屋城に行かれてみてはどうですか?

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